「開発者が語る」奇跡と感動の実録【健康・病気】

全盲の老紳士が見えるように

N.N(83)長野 旅館経営

私自身も、真我に目覚めた方たちの劇的な変化を見聞きして、毎日が驚きの連続ですが、特にNさんの体験には、本当に驚かされました。

Nさんは、地元で大変有名な老紳士で、旅館の他にもレストランなども経営していました。彼は十数年前に原因不明の病気で失明し、以来全盲として生きてきました。

しかしNさんは、目が見えないことによって“心の目”が養われたとおっしゃいました。そのことによって大勢の人たちを勇気づけてきたのです。当然まわりからも尊敬されていました。そして「私は神様が目を見えなくしてくれたことに本当に感謝しています」とおっしゃるのです。

Nさんの話をずっと聞いているうちに、私は一つの疑問を持ちました。そしてこう切り出しました。

「Nさん。私はNさんのお話を聞いて大変感動致しました。素晴らしいと思いました。しかし、一つだけどうしても納得がいかないことがあるんです。Nさんは、神様が私の目を見えなくしたことに大変感謝しているとおっしゃいました。

しかし私は、神様が目を見えなくすることはないと思います。目は見えるように作られているんです。

むしろ目が見えるようになることが神の意に沿うことじゃないでしょうか。そして、目が見えるようになることで、人々に喜びを与えることができるんじゃないでしょうか。

私たちの命の働きというのは、必要なものを必要だと心から願うことによって、動き出すはずです。Nさんが奥さんやお孫さんたちの顔を見たいと願うことです。むしろNさんの役割は、目が見えるようになることです。そうすることによって、世の中の何万人もの方があなたの影響を受けるでしょう」

しばらく考えていたNさんは、やがて大声でいいました。

「あーっ!私は間違っていた。佐藤さんのいう通りかも知れない。私の最大の使命は目が開くことかも知れない。そうだ!目が開くことだ!」

Nさんは興奮気味に一気にまくし立てました。

奇跡が起きたのは、まさにその直後でした。

Nさんがトイレから戻ってくると「みなさん、部屋が前よりも明るくないですか?」と私たちに問いかけるのです。もちろん蛍光灯の明かりは何も変わっていません。そしてさらに次の瞬間、何と「あっ!佐藤さん。あなたの顔が見えるような気がします!」といいだしたのです。何も見えなかったはずの目が、光をとらえ、私の輪郭をもとらえたのです。

さらに翌朝には、遠くから私を見つけることができ、足早に近寄ってきたのです。

「今朝、鏡に映っている自分の顔が久し振りに見えたんです!女房に手を支えてもらわなくても階段を降りてここまで来られたんです!」

それ以来、Nさんの目は確実に回復してきました。今ではほとんど杖も要らず、一人で街を歩けるほどだということです。

受講前

1. 十数年前に原因不明の病気で失明し、以来全盲だった。

受講後

1. 目が見えるようになった。

全盲だったNさんは、私と二時間話しただけで、目が見えるようになるという体験をされました。目も耳も体も、全部正確に使うことが神の喜びのはずです。車は、作った通りに最後まで壊さず使うのが、作った人への最大の礼儀なのです。Nさんは、そのことに心の底から気づくことによって、その場で目が見えるようになったのです。元に戻るという神の法則と、見たいという心の法則が一致して軌跡が起こったのです。

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