【幸福感】体験談

加害者と被害者、両方の気持ちが痛いほど理解できるのは奇跡!

長井理恵 (仮名)・静岡・58歳・女性

奇跡

今回は、モチベーションが低くて、こんな低くていいのかと思ったが、ペナルティーなしに解約することができる期間はとうに過ぎている。

受講前3日前だったので受けるしかないと思った。

あとでこのモチベーションの低さが仇にでた。

このことで、受講中はあまり得ることが少ないように感じた。

「成功と幸福を呼ぶ言葉」長いので「成幸言」とダイアリーは書いているが、これを読んでいて、気づくことが多い。

自分が、受け入れている言葉と、受け入れていない言葉、またはっきり自覚していない言葉の差が解るようになった。

また、はっきり自覚してない言葉だとわかると、この言葉は「近いうちにわかることなんだろう。」と思うと、希望を感じる。

また、トントントンと掘り下げていることでもある。

読むことは真我の追求なんだと思う。

ダイアリーをつけることも自分について掘り下げることなんだと思う。

何もないときには「何もない。」と書く。

なにも無いと書くことが掘り下げることで前の日にも「何も無い。」と書いているのをみると「昨日もだめだったか。」と思うと、自分自身ほりさげることになる。

何も無いときにはどうどうと「何もない。」と書こうと思う。

以前、中央線か山手線に乗っていたとき、前のおじさんが異様にニコニコしていた。

それを見て私は喜んでやらなければならないと感じたが、わりきれなった。

思いっきり睨んでしまったのだ。

このときのことを思い出した。

今の私は、心の奥の奥から幸福感が押し寄せてくる。

今なら睨んだりしないだろう。

そしてその感覚は、あのTVのCMにでている松坂慶子のような感じ・・・。

「松坂慶子」と呼ばれたらどうしよう?ホホホッ。(笑い)

キリスト教会に行ったことのあったがその教義は、部分的には正しく、部分的には間違っている。

どうせならどちらか一方だとわかりやすいけれども、真我を開くことによって検証できると思う。

真我を追求していると、前世でのカルマも解消していくような気持ちになれる。

このことはすごいことだ。

言葉は悪いかもしれないが、真我が開いたことで心の奥の奥まで加害者側、被害者側の気持ちが痛いほど理解できるということであると思う。

このことは、奇跡である。

このような時代になることは全く予想しなかったことで、「すごい」の一言である。「すごい」

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