【うつ問題解決!】体験談

「離人症」と診断、ひきこもりの20代から一変、財産・仕事・人間関係全て捨てたら、思いも寄らない役割が待っていた!!

福岡県・46歳・男性

 4年10ヶ月前、何も出来なくなりました。公務員でしたが、仕事をしてもやる気がおきません。生きている気がしませんでした。

 自分では鬱だと思っていました。人も信じられなくなっていました。26歳の時、ぞっこんだった人に失恋し、その後、精神病かと思いクリニックに2件行き〝離人症”と診断されました。

 人が人と感じられませんでした。

 絵・写真のように立体感を持たず、平面的にしか見えず、温かさを感じられませんでした。

 その後の20代後半は、親とうまくいかず引きこもったこともあり、2ヶ月ほど、同居しながらも親と言葉もかわさず、ひとりで2階で食事をしていました。

 34歳の時、ある事で上司に意見し、その後異動になりました。左遷だと思いました。

 これを機に市役所を辞めようと思いましたが(公務員は採用された時から、辞めたかった)異動先で、74歳になる上司と出会いました。

 職場の先輩で、市役所に勤めて初めて尊敬できる方でした。

 その先輩の影響で歴史と心に興味を持ちました。

 戦争に行った苦労話を聞き、歴史に興味が湧いてきました。

 両親を早く亡くされて、妹3人をひとりで育てた方なのに「親に仕送りしていますか?」「親を大事にしていますか?」とも言われたりもしました。

 初めて人生の話をしてもらいました。

 私は、それまで両親の事を振り返る事はできず、自分の事だけで生きていました。

 その方との出会いを機に、歴史を勉強し、史跡めぐり・神社参拝に行ったりしました。
 「志士の人の根本は何か?なぜ、気高く、りりしいか?深く優しいのか?武士道の中にあるのか?人生の師を求めての旅。儒学・仏教・神道・天皇…」変人と思われるから、こういう話は同年代の友達には出来ませんでした。

 神社参りは、ご利益を求めているようで、何かが違う・・・。

 公務員を辞めて神主になろうかとも思いましたが、神社参りに行って若い神主さんを見て違うと思いました。

 お寺の住職さんが飲酒運転をする現状を知り、おかしいと思いました。

 観念的になっていき、心が行き詰まりました。

 スポーツや飲みに行く事、遊びも出来なくなっていきました。

 周りの人も信じられなくなり、何を信じたらよいか分からなくなりました。

 すべてに行き詰まり、落ち込んで何にも出来ない状態(鬱状態)で、人とつき合わず、本ばかり読んで、家に居る事が多くなりました。

 身体の調子も悪く、何とかしなければ、外に出なければと思いました。

 仕事だけは、行って表面的には支障なく仕事をしていましたが、しっくりこない感じでした。

 レイキに行き、セミナーも受けましたが続きませんでした。

 その後、『天運を拓く』を書店で見て、「一万冊の本を読むより、この1冊」というタイトルに惹かれました。

 一回読んだ後に「何かある!」と思いました。

 九州支部が北九州市にあり、そこは自分が生まれた地域でした。

 占いでいい方角だったので、真我開発講座を申し込みました。

 41歳厄年での初受講でした。

 「未来」では、真我が本当に開いただろうか?という感じでした。

 自分の中では、全然わからなかったのです。体感がないという感じでした。

 しかし、ダイアリー・テープ・真我教室に行く事など、講師に言われた事はキチッとやってその結果で判断しようと思い「真我瞑想」までは受けようと思いました。

 「宇宙」では、0・001秒体感した?これかもしれないという瞬間がありました。

 しかし、体感があまりなかったので、講座の効果はあまり無かったのでは?と思っていました。

 実は私は、元々自分を認められないタイプなので、自分の変化を認められないでいたのです。

 しかし、ある時何となく「変わったんだ」とわかったのです。

 初受講からずっとダイアリーを書いていたので、振り返ってみると、「未来」受講後から変化していた事に後から気がついたのです。

 行動が変わっていました。今までしなかった行動をするようになっていました。

 3年位経って「本の読み方・生かし方教室」に参加して『たった2日であなたを神に目覚めさせてみせる』を読んだ時、自分も最初の「未来」2日間で真我が開いていたのだと思いました。

 「天使」で頭が破裂しそうな位、物凄い体感をしました。

 歓喜を体感しました。この体感は初めてでした!

 自分を守る性格が強く、表現する事がなかなか出来なかったのですが、受講後には、親に正直な気持ちを言えるようになり、講座で書いたものを親の前で読んだり、父と一緒に墓参りをしていました。

 受講前は、自分に嘘をついていました。

 いつも本心を抑えて生きていました。

 親の言う事を聞く事が親孝行と思っていました。

 公務員の仕事は、一番嫌いだけど人のためになる、親の望むものという理由で選びました。

 辞めたくても、親の面子をつぶす事になるのではと思い、辞められなかったのです。

 受講後は、自分の素直な心に従って行動が出来るようになってきました。

 自己表現が出来るようになってきました。

 まだ、ブレーキをかける癖はありますが、素直な思いが言えるようになりました。

 今までは、まず言葉を飲み込んでいたのですが、今は変わった自分を感じています。

 母も同じような生い立ちであり、経験をしている事が分かりました。

 母も自分に対して、正直にそういう話ができるようになりました。

 自分を認められるようになりました。

 「こんなに自分は凄いのか!」元々あった自分の素晴らしさに気付けたのです。

 今まで蓋をしていましたが、パワーが出ています。

 現実生活に結びついて行動できる自分になりました。

 42歳の5月、公務員を辞めました。受講前には出来なかった事です。

 1ヶ月ほど休養してから、アルバイトを始めました。

 今までしてみたかった福祉の仕事にチャレンジしました。

 9月からは、生活保護者・知的障害者の救護施設で2ヵ月半、翌年1月からは認知症・介護の必要な方の施設で正職員となり、7ヶ月勤めました。

 『捨てる哲学』の本が出た時、これが本物の生き方だと思いました。

 良い事を捨てるのが一番難しいと思い、本に具体的に書いてある項目を自分でメモして、一つずつ捨てていきました。

 免許証・パスポートの返納・九州・両親。

 お金も一回手放してみようと思い、1000万円の貯金を、銀行を通じて、あるNPO団体へ寄付しました。

 毎月の給料で生活をまわしながらも、ひと月に1回は、アイジーエーに通っていました。

 その月の給与、50万円借りられる銀行のカード、佐藤学長の本3冊、究極の営業プログラムだけを入れた赤いバック一つを持って上京しました。

 故郷を捨てました。親から離れました。捨てたら、スッキリしました。

 やる前は色々考えたし、不安もありましたが、捨ててみたら、大した事ではないように感じました。

 お金が無くても何とかなるんだなと思いました。

 東京に行く時、就職先も住まいも何も決まっていませんでした。

 しかし、営業職で応募して一旦断った会社から、東京行きの新幹線の中でTELが入り、仕事が決まりました。

 作業の仕事です。寮もあると言われ、住まいまで決まってしまいました。

 実は、上京する前日、部屋を引き払った日に、佐賀県に台風が来ました。

 せめて福岡までと思っても、交通手段が全くなく、身動きできず、佐賀から一歩も出られない状況でした。

 一泊カプセルホテルに泊まり、出発が1日遅れ、これは「お試し」だと思いました。 上京して途切れなく仕事をもらえました。

 出会った方は、皆厳しく優しい人達でした。

 今もうまく生活させてもらっています。
 
 上京して最初の仕事は作業の仕事でした。父のしてきた仕事です。

 同じ仕事ではありませんが、父は作業の仕事を42年間、鉄工所でしていました。

 私は、父と同じ汚れ姿の仕事を1年間しました。

 私が中学の時、父の格好を見て、酔っていないのに酔っ払いのおじさんだと友達から言われ、ショックを受けた事がありました。

 「父の体験をさせられている」そう思いました。

 父の気持ちを解らせてもらいました。
 
 父の凄さを感じました。

 尊敬、感謝、身をもって父の強さと素晴らしさを、改めて感じました。

 その流れの中で、アイジーエーのスタッフになりました。

 自分がなれるとは、お世話になるとは思いませんでした。

 今やっとここまで来ました。まだ癖もたくさんあります。

 きつい時もたびたびありますが、自分がこれを乗り越えた時、悩んでいる人に、真我を伝える役目があると感じます。

 心の事で悩んでいる人は、非常に多いです。

 自分の経験を通じて「自分の役割」を果たしていくべき時が来たと感じています。

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